『ああ爆弾』

1964年 日本 監督:岡本喜八

ああ爆弾 [DVD]

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岡本監督の作品には戦争や国家を風刺したものも多いので、タイトルからは結構シリアスな内容を想像していたけど観てビックリ。服役中に組を乗っ取られた昔気質のヤクザの親分が、おっちょこちょいの爆弾作りと組んで復讐しようとするが...。狂言浪花節、お題目、ジャズにマンボに唱歌の替え歌まで全編が音楽とリズムに溢れたトンデモなスラップスティック・コメディの傑作。顔が異常に長い伊藤雄之助風車の弥七中谷一郎(黒縁眼鏡がヘン)、若大将シリーズ有島一郎、岡本作品ではおなじみの天本英世といった個性派俳優たちの怪演も見どころ。

あらすじ

 刑務所で服役中の昔気質(かたぎ)の親分大名(おおな)大作(演:伊藤雄之助 役名は狂言の大名ーだいみょうーから)は、いつも「出所した時には、こう子分どもがずらっと並んで」と、派出所に花火を投げて捕まった爆弾狂の田ノ上太郎(演:砂塚秀夫 役名は狂言の太郎冠者ーたろうかじゃーから)に自慢していたが、刑期を終えて二人が出所すると出迎えに来たのは息子の健作(演:高橋正)一人だけ。聞けば大名の服役中に組は会社組織になったという。家に戻る前に愛人ミナコのアパートに寄った大名だが、そこには見知らぬ男(演:中谷一郎)と女がベッドの中に。慌てて組の事務所に行ってみると平和興業という会社で社長は別にいるという。その社長とはさっき愛人のアパートにいた男、矢東弥三郎だった。子分だった竜見(演:二瓶正也)に自分は何だと詰め寄ると「社長より上の会長です」と言われ気を良くして家に戻った大名だが、表札は矢東の名前になっている。真っ暗な家の中に飛び込むと愛人のミナコを子分のテツ(演:天本英世)が刺したところだった。テツからミナコが大名を裏切って矢東の女になり、矢東に組も乗っ取ったことを知らされた大名は単身、平和興業に殴り込みをかけるが高血圧で心臓の発作を起こし、元の子分たちから道端に放り出されてしまう。
 見舞いに来た太郎が小型爆弾作りの名人だと知った大名は、選挙に立候補した矢東が”ペンこそわが命”というキャッチフレーズで、いつも万年筆を持ち歩いているのに目を付け、爆弾を仕込んだ万年筆で矢東を爆殺しようとするのだが...。

 ここまでが前半で、中盤に矢東の運転手役でシイタケこと椎野武三を演じる、沢村いき雄さんが出てきてから展開がどんどんスピーディーで面白くなります。大作とシイタケは幼なじみという設定ですが、長身で面長な伊藤さんと小さくて丸顔の沢村さんが対照的で面白い組み合わせ。スターウォーズC3POR2D2のロボットコンビは『隠し砦の三悪人』の百姓コンビ、藤原釜足さんと千秋実さんがモデルと良く言われますが、伊藤、沢村コンビの方がぴったりな感じです。でも伊藤さんはC3POというよりはベイダー卿って感じですが。ちなみに沢村さんは『天国と地獄』の江ノ電の車掌役や『用心棒』の気の弱い岡っ引き役など黒沢映画で良く見るほか、本多猪太郎監督のゴジラシリーズでも時々見かける俳優さんですが、気の弱い小市民的な役をやらせたら右に出る人がないですね。キングオブ小市民。
 ストーリーは万年筆型爆弾をめぐってのドタバタになっていきますが、途中この沢村さんが会社の金を横領しようとして、銀行のシーンになります。すると突然男女の行員たちが残業の歌を合唱し始めます(どんな銀行だ)。そしてまったく本筋と関係なく支店長役の有島一郎さんと秘書役でウルトラマンのフジ隊員=桜井浩子さんが登場して掛け合いで残業の歌を歌いはじめます。この二人の出番はこのシーンだけですが、突然、イデ隊員(二瓶さん)だけでなくフジ隊員まで出てくるので驚きました。さすがにキャップやハヤタ隊員なんかは出てきませんが。当時流行していたらしいヘップバーン・スタイルのファッションでキメて、残業で恋人に会いに行けないせつなさを歌うOLの桜井さんはなかなかキュート。一方の有島さんのちょっとトボケた歌い方も味わいがあります。
 意味なく楽しいシーンをはさんで、いよいよ沢村さんが金を引き出したところに突然銀行強盗が入り、自分が持ち逃げするはずの金を横取りされまいと決死の覚悟で強盗と格闘する沢村さん。これだけでも笑ってしまいますが、このシーン爆笑もののオチがあり、さらにそれが伏線にもなっています。
 爆弾とか死体とかがいろいろなところをめぐりめぐって、というのはコメディでは良くあるネタ(『クレイジー・メキシコ大作戦』冒頭の銀座のママの死体とか。最近のでは、三谷幸喜監督『THE有頂天ホテル』の幸福のマスコットとかも)ですが、「ペン=平和の象徴」を掲げているのが、実は戦後のドサクサで台頭してきた新興暴力団のボスという戦後の世相を取り入れた風刺の効いた設定と、全編にちりばめられた音楽がいかにも岡本作品らしく異彩を放っています。