『鴛鴦歌合戦』

1939年 日本 監督:マキノ正博(のち雅博)

本年もよろしくお願いします。一応お正月ということで、今回はおめでたい奇妙奇天烈映画をご紹介。映画が無声映画(サイレンと)から音声付きのトーキーになった頃、盛んに「オペレッタ映画」なるものが作られました。音声が入れられるようになったので、映画をオペラ仕立てにしようというものです。もちろん本当のオペラは上演時間が長くて映画の尺には収まらないし、一般大衆にはオペラなんて高級すぎて退屈ですから、あくまで「オペラ風」ってことで、バックに踊りを入れたり、登場人物が掛け合いで台詞を歌ったりみたいな感じの映画。1950年代以降は「ミュージカル映画」と呼ばれるようになります。これは『浪人街』の名匠、マキノ正博監督の傑作オペレッタ時代劇映画です。

鴛鴦歌合戦 [DVD]

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あらすじ

貧乏長屋に住む浪人、志村狂斎(志村喬)は大の骨董マニア。一人娘のお春(市川春代)が日傘作りで稼いだなけなしの金を怪しげな骨董につぎ込んでしまい、二人は米も買えず毎日麦焦がしを食べている。そんなお春が密かに憧れているのが隣りに住む浪人浅井礼三郎(片岡千恵蔵)。もっともこの浅井、仕官の話や縁談があっても断ってきままな生活を送っているフリーターみたいなやつ。長屋の向かいの大商店香川屋のわがまま娘お富(服部富子)も浅井に夢中。
一方骨董好きの大名、峯澤丹波守(ディック・ミネ)はお忍びで骨董を買いに来たところお春に一目惚れ。お春の父狂斎が骨董マニアなのを知った家来の遠山満右衛門(遠山満)はお春を手に入れるため骨董屋とある企みを...。

結構以前にインド映画の『ムトゥ 踊るマハラジャ』を公開時に観た後もしばらく口がきけないくらいの衝撃を受けましたが、まさかこんな古い時代劇で同じような衝撃を受けるとは思いませんでした。何が衝撃だったかと言うと登場人物が歌って踊る、そんなことではないです(最近の邦画やハリウッド映画しか観ていない若い人たちにはこれだけでも衝撃かもしれませんが)。
あの七人の侍で勘兵衛を、あのゴジラで山根博士を演じ、重厚な演技で知られる名優志村喬さんが歌うんです!しかもすっごく間抜けな歌をものすごく楽しそうに歌うんです!あの渋い声で「ホ〜レ、ホレホレ、この茶碗〜、チャンチャン茶碗と音がする〜」と茶碗を持って歌う志村さんを一体誰が想像できるでしょうか。でもこの映画の中にはそんな志村さんがいるのです。志村さんの凄いところはこういう三枚目な役をすごく楽しそうに演じながら、一人娘の行く末を案じる父親の心情もしっかり演じているところ。片岡千恵蔵さんが主役という扱いになってはいますが、はっきり言って志村さんが実質的な主役でこの映画を最後まで全速力で引っ張っています。

そしてイキナリですが市川春代さんに萌えです。萌えまくりです。もう劇中の市川さんのツンデレぶりは凄いです。これは是非本編で観ていただきたい。健気(けなげ)、純情、しおらしい、いじらしい、せつない。そんな彼女を適当にあしらう片岡千恵蔵がだんだん憎らしくなってくる。それくらい男心が揺さぶられます男なら。「萌え」なんて所詮アニメヲタクの戯言と鼻で笑っているそこの貴兄。低レベルな視聴者に迎合していかにも「萌えキャラでござい」という設定の二次元女子にうつつを抜かしているそこの貴兄。この映画を観られよ、しかして真の萌えに目覚められよ。(って正月からこのテンションの高さは何?)
それから例によってどうでも良い情報ですが、大正2年生まれの市川さんは『ウルトラセブン』24話『北へ還れ』でフルハシ隊員の母親役を演じておられたとのこと。北の方(北海道?)で牧場をやっているお母さんがフルハシ隊員にウルトラ警備隊を辞めて牧場を継いで欲しくて危篤だとウソついて故郷に呼び戻すっていうホームドラマみたいな話ですね。このお母さんを観ても別に萌えないと思います。

映画に詳しい方はご存知かと思いますが、監督のマキノ正博さんは牧野省三監督の息子で、父親が多額の負債(昭和のはじめ頃で37万円とか)を残して死亡したために、返済のためとにかくたくさんの映画を撮りまくった人で「早撮り」で有名な監督さんでした。そのせいかどうかこの作品も資料には7日間で撮ったとありますが、いい加減な仕事をしているとか、やっつけで撮ったといったような印象はまったくありません。スペイン人でジェス・フランコというB級映画をやたらに多作するやはり早撮りで有名な監督がいますが、この人の作品はかなりヒドイですけどね。
むしろ戦前の映画とは思えないほどスピーディーで、楽しさやうれしさや明るさにあふれ、生きて行く希望がわいてくるようなすごい映画です。