『ポルノ時代劇 忘八武士道』

1973年 日本 監督:石井輝男


丹波大先生主演の映画からもう1本、テレビ時代劇『三匹の侍』で時代劇俳優としても大ブレイクした丹波大先生ですが、その豪快な殺陣が存分に見られる映画も実はあまり多くありません。今回紹介するのは、石井輝男監督が東映で撮ったエログロを全面に打ち出した「異常性愛路線」シリーズの中の一本で、原作は小池一夫小島剛夕の『子連れ狼』コンビ。本格的な時代劇に、70年代に世界的に流行した「セックスプロイテーションフィルム」「モンドフィルム」の要素をミックスさせた副題の通りポルノ+時代劇という怪作。

あらすじ

生きることに飽きて無為な人斬りを重ね役人に追われる無頼の武士、明日死能(あしたしのう)(丹波哲郎)は、ついに橋の上に追いつめられるが、「もう斬り飽きた」とつぶやき川に身を投げる。「生きるも地獄、死ぬもまた地獄」そのまま川底に沈んだかに思われた死能だが、気がつくと目の前にはドアップの女の裸が。吉原遊郭の忘八者の頭、白首の袈裟蔵(伊吹吾郎)は吉原支配、大門四郎兵衛の命令で死能を助けたことを告げる。忘八者とは吉原遊郭を陰から支える者たちで、人を人たらしめている8つのルール=孝・悌・忠・信・礼・義・廉・恥を忘れた者たち、つまり人でなし、人の皮をかぶったケダモノ。玉出しの姫次郎(久能四郎)の手引きで武家の娘を遊女に仕込むことになる死能だが、実は娘は女忘八のお紋(ひし美ゆり子)で一部始終は死能を忘八者にするかどうかをテストする「忘八試し」だったのだ。試しに落ちた死能は吉原を追い出され、再び役人と斬り合いになるが、大門四郎兵衛(遠藤辰雄)は吉原が幕府公許の証明である葵の紋の「けころの鈴」の権威を楯に役人を追い払い死能を再び吉原に入れる。四郎兵衛は死能を使って、大名や直参の庇護で巷にはびこり吉原に対抗する幕府不許可の風俗店をつぶそうと企んでいた。「けち切り死能」として邪魔者を切り暴れまくる死能に幕府は隠密(内田良平)を差し向けるが...。

ストーリーは二転三転四転五転ところげ回ります(石井監督の作品ではいつものことですが)。「ポルノ時代劇」と銘打たれているだけに、全編にわたって、無意味にハダカが出まくり、唐突に責め(拷問)が始まったり(これは当時流行っていた「女囚映画」の影響か)、江戸時代の風俗店を紹介するパートでは、いろいろなシチュエーションのHシーンがあったり、例によってお約束のキャットファイトがあったりと、もちろんソッチ方面のお楽しみシーンも満載なのですが、これについては他のサイトでもよく取り上げられているようなので、やはりここは丹波先生の素晴らしい殺陣を中心に語らせていただきたいと思います。

まず、冒頭の橋の上での斬り合いから、刀と刀がぶつかって火花が散るとジャリ〜〜ン!というエフェクトともにキャスト名が出てくるという凝ったオープニングに。つまり「ポルノ時代劇」とあっても、これからはじまるのは、単なるエロ映画ではなく、本格的なアクション時代劇だということを観客に印象づけるものだと思われます。
本編で死能が試しにかけられるパートでは、珍しい丹波先生の居合いが見られます。最初は武家の娘の着物を背後から一閃、素っ裸にしてしまうシーン。からかった女の耳を切り落としてしまうシーン、そして四郎兵衛によって再び吉原に入れられ、伊吹吾郎と対決するシーン。伊吹吾郎は短筒(拳銃)の名人で、三船御大の『用心棒』もかくやと思われる短筒対居合いの対決が見られます。しかもこちらは座敷での対決なので居合いも相手の間合いに入っており、対決の瞬間になぜか照明が落ち、刀の鍔鳴りがした瞬間に短筒の発射音という音響効果で盛り上げる手法はいかにも時代劇らしい展開で、対決の結末も気が利いてすばらしいです。

この時代はまだ時代劇が映画の一ジャンルとして命脈を保っており、いわゆる撮影所システム(各映画会社が自前の撮影所を持ち、その中に○○組などと呼ばれる専門の職人集団をかかえ、作品ごとにそれらの職人集団が各パートを分担しながら撮影するシステム)もちゃんと機能していた頃です。したがって、B級作品、低予算作品であっても、セットや衣装がやたらに豪華で専門の殺陣や武術指導がつくのでアクションシーンもレベルが高くなります。話はやや脱線しますが、このシステムは東映では現在でも京都撮影所を中心に引き継がれており、「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」などのテレビ時代劇の多くが京都撮影所で作られているのはこのためです(映画と違い制作本数の多いテレビ作品では撮影所システムは効率的)。さらに言うと、東映制作の近年の特撮戦隊シリーズの多くの作品でも、決め技が斬撃(ざんげき)だったり、アクションシーンでジャンプ技やトランポリンを使った宙返りが多用されるのは、時代劇忍者アクションの名残だったりします。
というところで、内田良平が演じる忍者(黒鍬者ーくろくわもの)の登場となります。内田さんは元々時代劇俳優ではないので、アクションシーンはほとんど吹き替え(スタント)なのですが、キャリアが豊富なだけに丹波先生との対決シーンはきっちりこなされており、マッパで移動中(!)の女忘八軍団とのアクションシーンでも、わざと胸をつかんだり(セクハラだよ)、『ブレードランナー』のハリソン・フォードよろしく、太股で首締めされたりと大奮闘(ポスターの画像参照)。丹波先生の次においしい役だったと思います。

死能は四郎兵衛の奸計を見抜いて対決、そして最後の大立ち回りとなりますが、対決シーンでの遠藤辰夫のメイクはほとんどゾンビです。それでこの大門四郎兵衛の台詞回しがまた凄い。変なイントネーションで言葉の間を引っ張りながら「こぉ〜っぱ やぁ〜くにん どぉ〜もがぁ〜 ふぅ〜るえあがって かぁ〜えりおったわぁ〜」みたいな感じで喋るのです。ビンセント・プライス主演の古典SF映画『地球最後の男』に出てくる蘇生した死体だよ、これじゃあ。
死能は四郎兵衛に麻薬中毒(ダメ!絶対ダメ!)にされますが、大立ち回りの最中に禁断症状が。このときなぜか急に画面が真っ赤になり、過去のシーンがフラッシュバックするのですが、このときにもドアップで凄い形相の遠藤辰夫が繰り返し出てきてもうお腹いっぱいです。

死能は「人切り浅右門」が使ったという名刀「鬼包丁」を振りかざし二刀で戦います。二刀の殺陣は一刀より難しいのですが、さすがは丹波先生、まったく危なげがありません。主人公が単身、敵が全滅しそうになるまで斬って斬って斬りまくるというシーンは時代劇映画でもわりと珍しいかと思います(『子連れ狼』くらいか)。『キル・ビル』の青葉屋でのクレイジー88との対決は案外これがベースなのかもしれません。

石井監督作品は近年再評価が進んで、主要な作品はDVD化され、劇場でも以前に比べ良くかかるようになってきたようです。ただ、「異常性愛路線」の作品は、その極端な表現手段から「突っ込んで笑う映画」という一面的な評価がメインになってしまっているのではないでしょうか。もちろんそいういう見方は正しいし、石井監督自身もそうした意図で演出しているところも大いにあると思いますが、すでに述べたように映画としての厚みを底辺から支えているスタッフの心意気や、時代劇スピリット(大立ち回りで大部屋時代の拓ボンこと川谷拓三が顔面を血だらけにして斬られるシーンが象徴的)をもっともっと感じてもらいたいなとも思います。

※「はまぞう」ではリンクできませんでしたが、DVDはAmazon東映サイトで取り扱いあり。


ハッスル状態の内田良平さん(中央)。渋くキメる丹波大先生(下)。どっちが主役だ(笑。