『パンズ・ラビリンス』 

2007年 スペイン 監督:ギレルモ・デル・トロ

2007年のアカデミー賞3部門を受賞するなど前評判の高い作品でしたので劇場で観てきました。主役のオフェリア役の女の子イバナ・バケロちゃんの演技が凄くうまい。わりとスパニッシュ系の顔立ちで美少女とは言えないにしてもかわいいですし。タイトルを邦訳すると「牧神の迷宮」。もうこの頃のタイトルは何でもかんでもカタカナ英語にしてますが何で素直にこういう邦題にしないかなあ、「ブラックブック」とかも。

舞台は第二次世界大戦末期のスペイン。スペインは第二次世界大戦では中立国ですが、国内ではナチス・ドイツの援助を受けているフランコ軍事独裁政権とソ連の支援を受けている人民戦線がまだドンパチしている最中。中国のチャン・イーモウ監督の作品でやはり第二次世界大戦の中国を舞台にした「紅いコーリャン」みたいな印象をちょっと受けました。共通点は牧歌的でのどかな風景に対比される支配者の残虐さ。

あらすじ

第二次世界大戦末期のスペイン、物語の絵本ばかり読んでいて夢見がちな少女オフェリア(イバナ・バケロ)は妊娠中の母カルメンアリアドナ・ヒル)と山岳地方のフランコ軍の駐屯地に向かっていた。母は再婚相手で駐屯地の指揮官であるビダル大尉(セルジ・ロペス)から駐屯地で彼の子供を出産するために呼ばれたのだ。母は大尉を愛していたが、オフェリアは現実主義者で冷酷非情な大尉になじめずにいた。
フランコ独裁政権に抵抗する人民戦線は駐屯地近くの山にこもってゲリラ戦を展開しており、大尉は躍起になってゲリラ狩りを行っていたが、無関係の農民が犠牲になるばかりだった。母は長旅の疲れで体調を崩し、オフェリアとメイドのメルセデスマリベル・ベルドゥ)が彼女の世話をすることになる。
駐屯地の近くには古代の迷宮の遺跡があり、ある夜、オフェリアはカマキリが変身した妖精に導かれて迷宮に入った。迷宮の中央には太古からパン(=牧神)によって守られている地下に続く階段があり、パンによるとオフェリアはかつて地下の王国から地上に逃げ出した王女の生まれ変わりで、再び王女として地下の王国に戻るには3つの試練をクリアしなければならないという。試練を果たすことを誓ったオフィリアだが、現実の世界ではゲリラとの戦闘が激しくなっていくのだった...。

大尉は普段は冷徹な指揮官ですが、時折見せる残忍さは常軌を逸しており、それはとてもオフェリアのような少女が許容できるものではありません。もちろんそうした残虐な行為がオフェリアの眼前で行われることはないのですが、少女の鋭い感覚は大尉の隠された残虐性を敏感に嗅ぎ取って恐れています。一方の大尉の方も連日の戦闘によって研ぎ澄まされた神経で、オフェリアが自分に敵意と恐怖を抱いていることを察しており、妻に対してはことさらに優しく振る舞いながらオフェリアには冷淡で、二人が会話を交わすことはほとんどありません。しかしどんなに嫌でもオフェリアには母親のいる駐屯地で大尉と暮らすという選択肢しかなく、その鬱屈した感情が3つの試練をクリアして地下王国に帰還するという夢想につながっていきます。そして、最初の試練(未見の方のために内容は伏せます)の結果、大尉が主催する晩餐会のために母親が用意してくれたドレスをドロドロに汚してしまうという結果になり、続く第2の試練の結果でも彼女は現実世界で窮地に陥っていくのです。また、母親の出産という女性であるが故の苦しみもまだ少女であるオフェリアには理解不能で厭わしいものでしかありません。そうした彼女の状況を理解してくれるただ一人の存在がメイドのメルセデスなのですが、実は彼女も大尉にある秘密を持っていて、それをオフェリアが知ってしまったことから二人はある種共犯者のような関係になっていきます。
巨大な迷路が出てくるのもそうですが、凶暴性を隠し持った父親と夫に従うしかない母親とセンシティブな子供という関係は「シャイニング」のジャック・バランス一家に似ているように思います。「シャイニング」では母親のウェンディーと息子のダニーが共犯関係を持っていますが、「パンズ・ラビリンス」では実際の母親のカルメンではなく、メルセデスがオフィリアの保護者として共犯関係を持っています。またラストに至る迷宮のシーンが「シャイニング」っぽいのはたぶん確信犯でしょう。他にもパンの存在はオフェリア以外には見えないというところは「シャイニング」のバーテンっぽいですし、第二の試練の怪物は開かずの237号室の幽霊のようにも思えます。

このラストのオチ(?)をハッピーエンドと見るかどうかは評価が分かれるところだと思いますが、大抵のファンタジーが残酷な現実の上に成り立っている、あるいは、とても許容できないほどの悲惨さがファンタジーを生み出す原動力になっているというのがこの映画のテーマだとすれば、このラストこそがこの映画にはふさわしいいのかもしれません。一番最後に再生を象徴するシーンがあって陰惨なまま終わらないところがスペイン映画らしい感じがしました。途中の残虐なシーンは結構キツイのでカップルで観るのはおすすめしません(ホラー映画好きなら許容できるレベルです)が、また、CGの細かい作り込みは一見の価値ありです。口をナイフで裂かれた大尉が自分で鏡を見ながら針と糸で器用に縫うシーンはいったいどうやって合成したのかすごく謎です(鏡を見ながら自分で傷を縫合するとはブラックジャックもビックリという感じでした)。