『アコークロー』 

2007年 日本 監督:岸本司

ようやく梅雨も明けて暑さも本格的になってきたので怪談話でも。南国の楽園というだけではない日常と非日常が交錯するようなディープな沖縄の地域性を取り入れたオキナワンホラーの傑作。タイトルは沖縄方言(ウチナーグチ)で「明るく暗い」、光と闇の狭間の誰彼(たそがれ)時という意味。

あらすじ

美咲(田丸麻紀)は沖縄に移住した恋人の浩市(忍成修吾)と一緒に住むことを決め、沖縄にやってきた。浩市の友人で漁師の渡嘉敷仁成(尚玄)と小学生の息子の仁太、仁成の漁師仲間・喜屋武秀人(結城貴史)とオバア=おばあさん(吉田妙子)に歓迎された夜、美咲はオバアから沖縄各地に伝わるのキジムナーの伝説を聞かされる。なぜかキジムナーに興味を引かれる美咲は、仁成から紹介された小説家でユタ(霊媒師のような巫女)もしているという比屋定影美/ひやじょうかげみ(エリカ)という女性を浩市とたずねた。キジムナーは伝説では赤い髪をした子供のような姿とされているが、亡霊とも妖怪とも妖精とも新種の生物とも言われ、その正体はわからないと影美はいう。
ある日、浩市と美咲の家の前を髪を真っ赤に染めた女性が通る。浩市はその女性は仁成と離婚した元妻の早苗(菜葉菜)だと言う。彼女は二度目の子供を不注意で死なせてしまってから情緒不安定になり異常な行動を起こすようになってしまったのだと言う。彼女は仁成の留守中に勝手に息子の仁太に会いに来ていた。それを知った仁成は激昂し、早苗をひどく殴りつけ今度来たら殺すとまで言い放つ。いつもとは人が変わったような仁成の態度に浩市は、きちんと早苗と話し合うべきだと説得した。次の休日、美咲、浩市、仁成、秀人が集まり、浩市と仁成が早苗の家に行こうとしていたところへ、なぜか早苗が現れるのだが...。

これは岸田監督の劇場初監督作品ということで、これ以前には沖縄のテレビで『オキナワの怖い話』というシリーズを監督していたそうです(未見)。ホラーと怪談の中間といった印象を受けるのはキジムナーの伝承をはじめ、沖縄的な要素をいろいろ盛り込んでいるせいもあるでしょう。
映画の冒頭に本筋とは直接関係なく、影美がユタとしてお祓いをするシーンがあり(彼女のプロフィールはまだそこでは明かされません)、そこで彼女は亡霊に取り憑かれたと訴える巨乳のおねーちゃんに亡霊はあなたが頭の中で作り出した幻影だと説明します。このシーンだけ見ると彼女は亡霊の存在を信じない単なる合理主義者のように見えるのですが、実際はそうでないことが映画の終盤に浩市と美咲の依頼を受けてお祓いをするシーンで明らかになり、冒頭のシーンはそのための伏線だったことがわかります。
影美のユタとしての活動はエクソシスト(悪魔祓い)のように見えますが(平凡な日常生活の中に少しずつ怪異が侵犯していく映画全体に漂う雰囲気にも映画『エクソシスト』に近いものが感じられました)、単純な神(=善)と悪霊(=悪)の対立で悪霊を祓うのではなく、亡霊や超自然な何かに対しても敬意を払い悲劇の原因を解き明かそうとする姿勢はカウンセラーやヒーラーのようなスタンスです。彼女のユタとしての行動原理は普通の人々には感知できない事象を読み解いて魂を救済するという点で、今年公開された『蟲師』の主人公ギンコに近いようにも思えます。
ホラー的な残酷描写という点ではこの作品はわりと控えめなのですが、仁成がハブに噛まれた仁太を車に乗せて病院に向かう途中で車が衝突してクラッシュするシーン(仁成役の尚玄さんがスタントなしCGなしでやってます)や、後半に美咲が外出中に浩市がうたた寝すると亡霊が出現してうなされていて、美咲が浩市を起こすとまた亡霊が出現して夢に戻るというループにハマるシーンなどは斬新で監督のセンスの非凡さを感じさせます。特に車のクラッシュシーンでは合流地点でサイドから車が突っ込んでくるのと、俳優さんが前しか見てない状態とが同時にカメラに写ってるので、一度でも車で事故ったかヒヤリとした経験がある人は凄く怖いはずです(経験者)。
後半に出現する亡霊と冒頭のお祓いのシーンの亡霊とが異なるのは、冒頭では亡霊がただ見えているだけなのに対して、後半の仁成や秀人や浩市が取り憑かれた(と彼らが思っている)亡霊は積極的に相手に干渉してくる(古い言い方だと「祟る」)という点です。このことは亡霊が現実世界に痕跡を残していくという手法で表現されていて、幻影なのかそうでないのかが次第に曖昧になっていくそういう「アコークロー」というタイトルが示すどっちつかずの境界的な恐怖感がこの映画のテーマかと思います。
登場人物たちのほとんどは酷い目に遭うのですが、その中で一人ヒロインの美咲だけが終始前向きで毅然としているのが印象的です。また比屋定影美は出番は少ないものの、ミステリアスな感じとちょっと投げやりな口調とかヘビースモーカーという設定とかのアンニュイな感じ(桃井かおり風?)が混然としたキャラで登場人物の中でも特に異彩を放っています。後半から終盤はほとんどこの二人の女性(亡霊も入れると三人)がメインにストーリーが進みます。沖縄の女性は強いということなのでそういう展開なのか、私も含め本土の人間は少し違和感を感じるかも知れません。ここで描かれるのは一般的なホラー映画に見られる「対決」ではなく、コミュニケーションによる対話と癒しです。影美が亡霊と対峙するシーンと、美咲と仁太に会いに行くシーンは心に染みるシーンでした。最近は全然救いのない残酷描写だけがウリみたいなホラーが多い中で、ちゃんと怖くて感動できる良質な作品ですので是非多くの人に観て欲しいと思います。余談ですが、三線(さんしん=沖縄の三味線)ファンとしては、劇中で照喜名朝一さんの三線演奏が聴けたのもポイント高かったです。